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心・精神

2016年1月19日 (火)

意識

朝眼がさめてから、夜寝るまでの間意識の途切れはない。

ボーっとしていることはあっても、何かを考えている。

コンピュータのようにログが調べられれば、心というか意識という装置には

電源を落とした状態はない。

眠っている時も、何か夢を見たりしているので、本来は意識の途切れはないだろう。

これが生きているということなのであろうが、てんかん発作などで意識を失う場合は

雷などの高圧電流サージで電源が落ちるようなものなのだろう。

意識の流れというのは不思議なものであるが、生きている証拠でもある。

2015年10月20日 (火)

理解について

私たちが話をする際に、こちらは相手が自分の話していることをちゃんと理解してくれて

いるものと思う。

こちらも相手が話すことをちゃんと理解していると思う。

しかし、その理解は本物であろうか?

他愛のない話であれば、不十分な理解でも済む。

しかし、政策などの直接生活にかかわってくるような重要な項目についてはどうだろうか。

ある一定以上の理解は必要であろう。

学校で学んだことの理解度に対しては試験があり、試験で及第点をとらなければ、

その科目に対する理解度が足りないということになる。

一般のことに対する理解度に対しては試験はないが、

少なくとも、万人が知っておくべき政策などは、簡単な試験(設問)形式のまとめと答えを

作って、その政策をまともに理解しようと考える人々或いは反対する人々には、

ちゃんと理解ができているかどうかが判断できるようにしてみるといいと思う。

そうすれば、巷で噂されているような、偏差値の低いと言われる学生が政策に反対

することが、正しい理解のもとに行われているかどうかがわかるというものだ。

また、政治家に関しても同じことが言える。

自国の正しい歴史や政策に対して理解度の低い政治家や

間違った理解をしている政治家は、

リコールするか、次の選挙で落選させるべきである。

2014年9月12日 (金)

悟り?

お釈迦様のおっしゃる「悟り」とは何であろうか?

今朝のニュースを見ていて、福島の人がようやく廃棄物処理場建設を

受け入れざるを得ないと考えるようになったと言っているのを聞いて、

諦念というか、この人にとっては土地というものに対する執着を捨て去ったのだな

と思い、般若心経にある「色即是空」の「空」の思想が頭に浮かんできた。

物事が実は「空」であることを実感としてわかる事は難しいし、できないことだが、

心のありようとしてはこういったことを一つの「悟り」と考えるべきなのだろうか?

でも、その「悟り」にはいくつもの段階というか水準がありそうな気がする。

言葉が足りないが、なにかに思い当ったような感じだ。